目黒蓮というアイドル/「Snow Manの素のまんま」2020/8/27

はじめに断っておくが、わたしは目黒蓮というアイドルに詳しいわけではない。ゆるくグループのコンテンツを追って、雑誌はあんまり買わなくて、ラジオは毎週聴いていて、配信のバラエティは見たり見なかったりという感じで、所謂“担当アイドル”とか、“推し”とか、そういう言葉で表現するところには置いていない。

なんだけど、先述の通りラジオは毎週聴いていた。飽きっぽい自分の人生で、ひと月以上毎週リアルタイムで聴いたラジオ番組なんて今まで片手に収まるくらいしかなかったのに。SnowManのお喋りをゆっくり聴く30分はとても楽しい。

 

兎に角、その日の担当メンバーは阿部亮平くんと目黒蓮くんで、そのメールは番組開始から15分くらいのところで読まれた。

「旅行先で見知らぬ男性にキスをされたことがある。嫌なことを忘れるにはどうすればいいですか」という相談だった。

驚いた。目黒くんが読んだのは「忘れたい恋がある」とか「友人との関係に悩んでいる」という話ではなく、明確に投稿者が「嫌な思いをした」エピソードだった。言ってしまえばこれは暴力を受けたという話で、恐らく投稿者は二度とその相手に会うことはなくて、しかし今後の人生の中でその記憶が蘇り、その度にまた嫌な思いをするのだろう(わたしは投稿者ではないのでメールの中で使われていた表現を用いるまでしかできない)。それを忘れたくて、嫌な思いをしたくなくて、SnowManに相談した。痛切な願いだった。文化の違いとか、そういうことではなく、受けた側が嫌だと思ったらそれは断じてやってはいけないことで、わたしは阿部くんと目黒くんの言葉を、妙に体を強張らせて待っていた。

阿部くんは少々意外そうに「嫌だったんだ」と言って(途中までの文面ではこのメールがどこに帰着するのか読めなかったから)、そして「キスの話ばっかりだね」と二人は少し笑った。*1

それから、目黒くんは「そうだよね」と言った。「そんな綺麗な場所で嫌な思い出ができちゃったんだよね」と投稿者に寄り添うような口ぶりだった。わたしは再び驚いてしまった。

正直なところ、見くびっていた。目黒蓮を、というか、男性を、というか。本当に失礼な話だけど、わたしは二人が回答に入るまでの数秒の間に、「ラッキーじゃん」と茶化されるこのメールの姿を想像してびびっていた。綺麗な場所でキスしてもらって良かったじゃん、本当は嬉しかったんじゃないの?という台詞を思い浮かべていた。世の中っていうか、男の人ってそんなもんでしょ、と深く考えず、反射的に思った。

だが目黒くんは即座に、このメールの主題である「嫌だった」のほうに寄り添った。その感情を絶対に否定せず、どうすれば「忘れられる」だろうか、ということを考えていた。当たり前のようで、そうではないと思う。わたしが友人や家族に相談したとして、まず嫌だったね、苦しかったね、と言ってもらえるだろうか。或いは相談を受けたとき、わたしは迷わずその感情に寄り添えるだろうか。自信がない。

その後も「そのキスどんな味だったんだろう」という会話を始めようとして、そして思い出したように、「でも嫌だったんだもんね」とやんわり軌道修正しようとしていた。二人が出した結論は、「素敵な人と出会ってください」だった。

最終的に「嫌な思い出を塗り替えてあげたいわけじゃん」と阿部くんに甘い台詞を無茶振りする流れだった。そして目黒くんも応酬を受けた。目黒くんの台詞でそのコーナーは終了したのだけど、彼はその中でも最後まで「嫌だった」のほうに耳を傾け、「今度は俺も一緒に行く」という台詞を選んだ。ラジオの向こうの誰も傷つけまいとしていた。その姿勢はどこまでも正しかった。全身の力が抜けた。叶うなら失礼な想像を働かせたことを謝りたかった。

ブログやインタビュー記事を読んで、以前から慎重に言葉を選びながら話す人だとは思っていた。また人をよく褒め、自分を褒めてほしいと言う。褒められて伸びるタイプ、を自称している。素直で一本筋が通っていて、さっぱりしている。

そして目黒蓮というアイドルはとても聡明でやさしい人間なのだろう。ここ数ヶ月「アイドル」を辞書で引きながら生活しているわたしは、ああ、これがアイドルってやつか、と直感的に感じた。わたしはたまたま阿部くんと目黒くんの回でこんなメールに出会ったけれど、投稿者はSnowManなら茶化さずに相談に乗ってくれる、と判断したのだろう。リスナーとの間にその信頼を築いている彼らをどうしようもなく素敵だと思った。

そういうわけで目黒蓮という人を、SnowManを昨日より好きになった。ああ信頼できる人だ、と思った。わたしは来週の木曜日もライオンズの試合をちょっとだけ聴くのだ。

 

この番組の配信は終了しました | radiko

*1:このメールの前にも似たような地域でファーストキスをしたという投稿が読まれていた

ジャニーズクイズ部が好きだという話

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1.クイズ番組のこと

そもそも私はQuizKnock*1という人たちのコンテンツが好きで、ジャニーズクイズ部に出会う少し前からテレビのクイズ番組をそれなりに見ていた。

当たり前なんだけど、クイズ番組と一口に言ってもその形式は様々で(私は関心を持って見始めるまで考えたこともなかった)、例えば先日クイズ部が出演した現在の「クイズプレゼンバラエティー Qさま!!」は大まかに言うと「クイズが強い人」のプレイングを、われわれ視聴者が正解したりしなかったりしながら眺めるという構図で出来ている、と思う。螺旋階段が動いていた頃(2015~2019年)の番組も同様だ。それ以前はちょっと異なるかもしれないけど。

2020年、兎にも角にもテレビにはクイズ番組が溢れている。これらは現在ざっくり二つに分けられる。一方は「視聴者も一緒に解ける」番組。他方は「スーパープレイを眺める」番組(エンターテイメント型/スポーツ型と呼ばれているんだっけ)。

先に記したように「Qさま!!」は後者、「今夜はナゾトレ」は前者、「ネプリーグ」も前者、「超逆境クイズバトル!! 99人の壁」は後者(じゃないときもあるけど)、「東大王」は後者、「そんなコト考えた事なかったクイズ! トリニクって何の肉!?」は前者。“知力の甲子園”時代の「全国高等学校クイズ選手権」、そしてそれを継承した「頭脳王」も後者、だと思う。いち視聴者の個人的な意見なので学術的に正しい見解ではない。ただ、私はそういうカテゴライズをして見ているよ、という話である。

どうしてこれがジャニーズクイズ部の話に繋がるのかというと、後者の番組にジャニーズ事務所のアイドルが出るのって珍しいな、と感じていたからである。

「おバカタレント」というジャンルがある。最近あんまり言わない気もするけど、「天然」と呼ばれる人たちなど、である。現在彼らはクイズ番組に於いて「問題が解けない」役回りの人たちであり、前者の番組でわれわれ視聴者に「あの人より解けないのは嫌」という気持ちを起こさせる。或いは後者の番組で「クイズが強い人」を引き立てている。これは悪意を持って書くわけではなくて、私は、ジャニーズの人ってどちらかというとこっちなのでは、と思っていた。ファンの人はまた違う想いがあるかもしれないが、外から見ている私は、バラエティ番組でそういう役を務める人が多いと感じていた。

私が彼らのことを何も知らずにぼんやりテレビを見ていたとき、「SnowMan阿部亮平くん」だけはフルネームを空で言えた。毎日のようにクイズ番組で目にしていたからである。それがどうにも異質に見えて、「院卒アイドル」という肩書も覚えたし、気象予報士の資格を持っていることも覚えた。阿部くんは、「クイズが強い人」としてクイズ番組に出ていた。他の「クイズが強い人」たちの中で平気で正解を出して、これはこういうことですと解説もしていた。それってどう考えても、今までジャニーズのアイドルがやっていた仕事ではないのだ。少なくとも私の記憶にはなかった。

SnowManのことを知るにつれ、私は阿部くんが「クイズ番組にジャニーズの席をつくる」という目的を持ってクイズをしていた、ということをなんとなく理解していった。実際、阿部くん以外のジャニーズJr.(例えば川島如恵留くんだ)が単独でクイズ番組に出演する光景はそんなに珍しいものではなくなったし、こうしてジャニーズクイズ部が揃ってQさまに呼ばれる、しかも勝っちゃう、というある種の記録も打ち立てた(消しマスで“crime”を出せなかった如恵留くんが最終問題で単独正解するドラマチックな展開がめちゃくちゃ良かった)。これらは間違いなく阿部くんの功績であり、クイズ部という名前が付けられたジャニーズの「インテリアイドル」たちの新たな活動の場になるのだろう。

前置きが長くなった。私が言いたいのは、彼らがクイズ番組で活躍を見せ始めた理由は「昨今の番組のニーズと阿部くんの活動の方向性が噛み合った」からなのではないか、ということである。

どこまでがCEO*2の受け売りかわかんなくなりそうなんだけど、ここ数年のクイズ番組では「マジックからロジックに移行している」らしい。ここで言うマジックとは、先述の「スーパープレイ(=視聴者には真似できないクイズ)」のことで、ロジックとはその種明かしのことである。種明かしとは。「この人はどうしてこの問題に正解できたのか」という理由の説明のこと。 どうしてって聞かれても、知ってたから知ってた、なんだけど。われわれ視聴者は「なぜそんなことを知っているのか」の説明を求める。それを解決する手っ取り早い手段として、現在は「学歴」が利用されているのだ。詳しいことは詳しい人に聞いてください。*3

「高学歴」な人はクイズが強いのだろうか。必ずしもそうではない。少なくとも、テレビでバンバン正解を出す人が、正解を出す理由は、彼らが「高学歴だから」ではない。クイズを勉強したからだ。そんなことはちょっと考えれば誰でもわかると思うのだけど、視聴者は「この人たちは高学歴だから正解できたんです」と言われるとすんなり納得する。あまり良い例えではないけど、スポーツの強さが国籍によって説明されたり、人間の性格が性別によって説明されたりすることに似ている。どう考えても正しくはない。でも私たちは、少なくともその瞬間そのロジックに納得して番組を見ている。ちょっと悲しくなってくる。テレビってそんなもんだし、私もそんなもんだ。

とにかく今のクイズ番組では、「高学歴だから正解できました」というわかりやすい理由づけが求められている。それが、阿部くんがこれまで磨いてきた学歴、乃至資格という武器とぴったり合致した。のではないかなあ。そしてその後に続く彼らの席が確立されつつある。「学歴」は現在、知識で勝負するフィールドに立つためのチケットとして存在している。阿部くんのこともクイズ史のことも特に詳しいわけではないので、これは全て所感、にとどまってしまうのだけど。

 

2.ジャニーズクイズ部に憧れるということ

「学歴」と「クイズの強さ」には本来関係がないと上に述べた。(ていうか“学歴”はそもそも万物と無関係であるべきで、どこで学んだかではなく何をどのように学んだのか、が重視される時代が訪れるのが勿論望ましいんだけど)東大に入ったからクイズが強いわけじゃないんだよね、と先日の「ボクらの時代」東大生鼎談でも話題になっていた。クイズ番組に呼ばれたときにそれを期待されてちょっと困る、みたいな話が。

ただそれは、「学歴」を獲得したあとに「クイズの強さ」を要求されることになった、主に芸能人と呼ばれる人たちの話である。われわれ一般人まで視野を広げると、一概に「学歴とクイズの実力は関係ありません」とは言い切れない。なぜか。

競技クイズは未だマイナーなエンタメ(と表現しても良いのかわからないけど)である。私は、自分で早押しボタンを買って問題を集めて仲間内で乃至大会に参加してクイズをやる人が存在することも知らなかった。ていうかクイズが「競技」だなんて考えたこともなかった。学校にもクイズ研究会はなかった。

そう、学校にクイズ研究会がないのだ。

一応、こういうデータ*4もあったりする。まず数が少ない。そして進学校の名前しかない。上から下まで聞いたことがある。あと参考にするならこれ*5とか。

まあ外部から認知されていない同好会はごまんとあるのだろうし、それはクイズに限った話ではないけど。でも野球は年別の部員数がオフィシャルに出ていたりするじゃん(あれ何に使うんだろうね)……。

私のような特に「良い学校」に通っているわけでもない学生が、彼らクイズ部のクイズを見て「やってみたいな」と思っても、まず学校にその場所がない。競技として取り組むにあたって、どうやってどんな大会に出て、どういう練習をするのかを知ることができない。野球はあって、サッカーはあって、吹奏楽はあったのに。

だから中学生が学校でクイズをやりたいと思ったらハイレベルな高校を目指すしかないし、高校生がそう思ったらハイレベルな大学に合格するしかない。その結果、外から見える「クイズができる学生」になるには「高学歴」であることが必要条件であるように思えるのではないだろうか。

高校生クイズの上位校は当然のようにドがつく進学校ばかりで、彼らが難しい問題に正解できる理由もまた、例えば「浦和高校に通っているから」と説明される。浦和高校の生徒なら全員クイズができるわけではなくて、彼らは熱心にクイズの勉強をしているから強いだけなのに。ディベートなんかもそうだ。ディベート甲子園の決勝を戦う学校は、まず全国でも有数の「進学校」だ。因みに私の通う学校にはディベート部がなかった。競技クイズがもう少し縦横に広く身近なものになったら、彼らのやっていることをより深く理解できるのではないかなあ、と思う。高校のクイズ研は現在増加し続けているらしい。

 

 

彼ら(ジャニーズクイズ部のこと)は、学力面で優秀であることを武器にして、アイドルをやっている人たちである。「高学歴」という言葉は殆どの場合、自分の望んだ、乃至それに近い進路を実現できた人を指す。ここからは本当に私の話で、有益なことはひとつも出てこないのだけど、私の人生に於いて、その「勉強ができる人」が馬鹿にされていたのって、いつまでなんだろう、と彼らを見ているとよく考える。

基本的に、そういう価値観の中で生きていた。中学までは大してやらなくても自分がある程度「できる人」側にいて、飛びぬけて優秀な人には「自分たちとは違うから」と線を引いて遠くから眺めていた。その優秀な人たちは、勉強が得意ではない人たちから薄っすら馬鹿にされていた。勉強以外に楽しいことないの?という目で見られていた。テストで毎回1位を取るより、部活に精を出す人とか、クラスの中心で賑やかにしている人とかの方が偉かった。高校に入っても、暫くは「できる人」がなんとなく煙たがられていたような気もする。

高2の夏くらい、みんなが嫌でも進路について悩まなくてはならなくなって、そのとき初めて、中学の頃から休み時間もずっと勉強していたあの子たちは凄かったんだ、と気がづいた。ごく当たり前のことなんだけど、今望んだ環境で学問に取り組む「勉強ができる人」は、ただずっと直向きに勉強をやってきた人なのだ。そして、私もあの時、或いはあの時、もっと真面目にやっていたら、「そう」だったかもしれない、のだ。

ジャニーズクイズ部に憧れている。それは私が努力次第でなり得た、私の人生の延長線上にある、かっこいい人の姿だから。私は音楽や芝居で成功する方法は知らないけど、自分が望んだ環境で学ぶ(大人はそれを進路実現と呼ぶ)ために何をすればいいのかは知っている。今やっている勉強をきちんとやり切って、そして入試を受ける。特殊ルールはない。そんなの小学1年生からずっとそうだった。私の生きているのと同じところで、途中でやめないで、ずっと同じように真っ直ぐ努力した人が彼らなのだ。だから彼らに、今世界で一番焦がれている。彼らのように(最終的に得たものが望んだ結果でないにせよ)自分のやってきたことに胸を張れる人になりたいと思う。

 

如恵留くんのQさま楽しみだね~!

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*1:https://quizknock.com/「身の回りのモノ・コトをクイズで理解する」をコンセプトとした東京大学発の知的メディア(公式サイトより)

*2:伊沢拓司くんのこと

*3:はじめてのクイズ史https://youtu.be/hVquzHaV1Mw

*4:https://w.atwiki.jp/qqqnoq/pages/100.html

*5:https://www.quizaql.com/kameiname/

備忘録/はじめてのアイドル消費

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まえがき

三代目JSOULBROTHERSのオタクがライブ映像配信を機にアイドルに感情を芽生えさせてゆくさまを纏めました。数年後コンサートの帰路でふと思い出して「このときのわたしよくやったな」と言いながらツイッターにシェアするための文章です。

一部事実と異なる場合があります。なにぶん1ヶ月で得た知識ですので、お許しと訂正を頂けると幸いです。

2020年3月の映像配信を見る前/後に分けて記載しています。前半は別段ジャニーズへの感情を持たないわたしの行動です。元気に三代目JSOULBROTHERSのドームツアーに通っています。後半はある程度「ジャニーズのタレント」になにか思うところのあるわたしです。自宅でさまざまなエンタメを摂取しています。

 

 

 

2020年3月28日以前の行動記録

 

2019/6/1

Twitterでバズっていたブログ(あなたに会えて本当に良かった - 犯人さんの備忘録)を読む。この時点では佐久間大介くんが誰なのかわからない。(2020/05/04:この人のブログやっぱりおもろい)

 

2019/6/2

HiHi Jetsの紹介ラップを見る。たしかフォロワーが貼っていたのだと思う。

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2019/7/15

どうにもだぁ〜くねすどらごんのことが忘れられず、またHiHi Jetsの紹介ラップを見る。サジェストされたこれも見る。猪狩蒼弥くんが気になる。(2020/5/6:やはり猪狩蒼弥くんが気になる)

youtu.be

 

2019/7/13

MステでたまたまHiHi Jetsと美 少年のおいで、Sunshine!を見る。三代目JSOULBROTHERSが出ていた回。

 

2019/7/27

ISLAND TVに触れる。最初に見た映像はおそらくこれ。

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2019/7/31

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学ぶ。

 

2020/2/14

HiHi Jetsの動画を見る。

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2020年3月29日以降の行動記録

 

2020/3/29

Sexy ZoneTravis Japanのオタクであるところのジャニーズ有識者からLINEが来る(わたしがHiHi Jetsに感情を持っていることは話してあった)。ISLAND TVのURLを送ってくれたりしたのも彼女である。以降ジェイコブとする。

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電話で解説を受けながら「Johnny‘s World Happy LIVE with YOU」2020.3.29(日)16時~配信 【Sexy Zone / SixTONES / HiHi Jetsを見る。

Sexy ZoneHiHi Jetsのことは人並みに知っていたので、「せっかくだからSixTONESも見たい」と相談したところ、ライブを見ながらGシートを送ってもらうなどする。何度かパフォーマンスを見て、この日SixTONESの顔と名前はほぼ完全に一致する

これ以降ひと月ほど、連日連夜電話をかけてジャニーズの映像を見、ジャニーズの話をする。本当にありがとう。

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2020/3/30

SixTONESの動画を複数見る。これを2年前に視聴していたことを思い出す。理由はよく覚えていないが、恐らくフォロワーが貼っていたのだと思う。

youtu.be

以降ジャニーズJr.チャンネルの視聴を続ける。

 

CDTVライブ!ライブ!初回4時間スペシャを見る。

ふとKing & Princeの顔と名前が怪しいことに気付き、ジェイコブの力を借りつつ放送後何度か見返して一致させる。身長と前髪で判別することはできない。

 SixTONESを見て、完全に理解していることを確信する。

 Snow Manを見る。9人組であることは知っている。顔と名前はほとんどわからないが、冒頭LDHオタクばかりのタイムラインがざわつく。なにもわからないなりに胸を痛める。椅子に「オタクの好きなやつだ」と親近感を覚える。

 嵐とバックの少年忍者を見る。「人が多い」と複数回ツイートする。「黒髪の顔が可愛い子がいた」とジェイコブに報告すると「ヴァサイェガ渉くんだと思う」と即答される。録画で確認したところ正解だった。凄い。

 
2020/3/31

 SixTONESの動画を複数見る。「タレントが車を運転していることが信じられない」という旨の感想を複数回ツイートする。

 

2020/4/1

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気付く。菅本裕子も同い年。

 

YouTubeをPremiumにアップグレードする。個人用メンバーシップ1550円/月。少し前に某東大発の知識集団に感情が生まれ、暫く迷っていたが、ジャニーズコンテンツが最後の後押しとなる。バックグラウンド再生と広告非表示が本当に快適。コストパフォーマンスが高い。買って良かった大賞2020ノミネート。

 

「Johnny's World Happy LIVE with YOU」 2020.4.1(水)16時~配信 【スペシャルダイジェスト映像+嵐】を以て6本のライブ映像を見終える。一番リピートしたのは初日の16:00だと思う。

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2020/4/2

これを見てライブ動画がYouTubeにアップされていることを知る。このアングルとても良いよね、いち観客の目線という感じで。現場の空気をなんとなく感じとることができる。わたしはNEW WORLDで画面右端に映っている人が楽しそうでとても好きです。

youtu.be

 
2020/4/5

SixTONESオールナイトニッポンサタデースペシャの初回放送を聴く。元々オードリーのリスナーだったので、土曜日の楽しみが増える。翌週からはテレワークラジオとなる。回を重ねるごとに田中樹くんのテレワジオMC力が高まっているように感じる。

 

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NEW WORLDの自撮りワンカットMV(https://youtu.be/juXD8vr5_r8)を見て気付く。

 

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アイドルを思う。

 

2020/4/7

「ジャニーズJr. 8・8 祭り ~東京ドームから始まる~」を見る。ジェイコブに画面共有で解説を受けつつ、Skypeで通話を録音してみる。その後聞き直すとめちゃくちゃ楽しいコンテンツになるので、今後も新たに円盤を見るときは録音しようと決める。ドキュメンタリーでじわじわと顔と名前が一致していく快感を味わう。

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頻出会話:「脚が長い」「橋本涼」「(松村北斗に対し)声が良い」「人が多い」「若い」


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2020/4/8

SixTONESの動画を複数見る。寝起きドッキリが割とえげつないことに手を叩いて喜ぶ。

youtu.be

 

 

2020/4/10

ジェイコブに協力を仰ぐ。

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YouTubeのURLが送られてくる。あまりにも導入に最適。~現在までスノスト複数の動画を視聴。

youtu.be

https://youtu.be/qK8ZZEhyucg

https://youtu.be/UnBEBmbzKQg

https://youtu.be/KTdB_LdI-vc

https://youtu.be/UnBEBmbzKQg

ラップがうまいので岩本照くんが気になる。

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目黒蓮くんのことを以前から認識していたことに気付く。

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某東大発の知識集団が好きなので阿部亮平くんのことは院卒アイドルとして認識している。

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2020/4/11

このあたりでSnow Manの顔と名前が一致する

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Snow ManのMVを見る。動きが激しくて混乱する。

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ダンス動画にしても動きは多い。



 
2020/4/12

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”アイドル”に触れる。
 
2020/4/13

ジェイコブからTravis Japan暗記シートを受け取る。態々作ってくれた。

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2020/4/15

Travis集中講義Japanを受ける。ジェイコブの副音声解説付きでジャニーズJr.チャンネルを見る。ほのぼのとした空気に驚く。

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中村海人くんの誕生日を祝う。

結果発表。Travis Japanの顔と名前を無事覚える

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2020/4/16

Snow Manの素のまんま」を聴く。以降木曜日も楽しみになる。

 
2020/4/17~2020/4/22

ジャニーズJr.チャンネルの動画を複数見る。4月後半でスノストの動画をほぼ見終える。

 

2020/4/24

SixTONESのFCに5140円を支払う。散々無料コンテンツを楽しんだので、罪悪感を覚え課金先を探していたところ、「取り急ぎFCと有料ブログがある」と教えてもらった。ジェイコブとNEWSのオタクフォロワーありがとう。

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ananを購入する。

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2020/4/25

映画「少年たち」を観る。1時に再生を始めて3時には終了するが、案の定眠れなくなる。4時過ぎまでジェイコブと感想ブログなどを漁る。明朝体の「夢」「恋」「桜」が忘れられず、冒頭8分を無限にリピートする。視聴後のエネルギーを持て余し、舞台の初演が69年であることなどを学ぶ。

自分がどこまで正確に解釈できたのかは不明だが、ジャニーズエンタテインメントの何たるかを理解してからが本番な気がする。「少年たち」に出演するという行為がジャニーズ神話の一部である、みたいなことを適当に論じることは簡単だけれど、そういうのじゃないでしょこれ。「川村壱馬がHiGH&LOWに出演する」と並べて考えて良いのだろうか。いつか「この作品がなにをやっていたのか」を理解したいなあ、と思うけれど、まだ微塵もわからない。宮近海斗くんの役名が「川島」なのマジで世界一ややこしい。 

 

2020/4/30

Paraviに1017円/月支払う。「それSnow Manにやらせて下さい」の視聴が可能になる。地上波特番から最新の#2まで見る。普通に行ってみたい場所が増える。

以降金曜日も楽しみになる。日曜日はHiHi JetsYouTube更新があるので、木曜~日曜は無敵。 

 

2020/5/5

「D.D./Imitation Rain」「Imitation Rain/D.D.」を購入する。

取り急ぎ音源が欲しかったので通常版を注文したが、Crazy F-R-E-S-H Beatのフル尺MVなしに今後の人生を歩むことは非常に困難であるように思える。DVDを買うことに決める。(音源にしてもMVにしてもオンラインで手に入ったら便利なのに……と日々思うがそのあたりは勝手がわからないのでなんとも言えない)(願いが一つ叶うならサブスクに置いてほしい)

EXILE TRIBEのオタクなので、どうにもavexの音楽が気になる。ただ CDにボイスドラマが付いていたことだけが解せないのですが、こういう世界なんでしょうか?

 

2020/5/5

深澤辰哉くんお誕生日おめでとうございます。

Snow ManのFCに5140円支払う。深澤くんがISLAND TVに上げていたメッセージ動画を見ていたら急に「これを無銭で見てはいけない」という気持ちになった。

いまはジャニーズもデジタル会報なんだ。メンバーがぎゅっと寄り添った写真や、かわいい小物を使った撮影風景を見るたびに、アイドルってこういう仕事なんだな……と強く感じる。推しが直近で載った雑誌、GOETHEの"肉体論"なので。あと単純に会報に動画が付いてるの羨ましいな。

 

以上、現在までの感情を纏めました。今後も楽しくやっていきます。なにか起きたら追記を続けます。素敵なエンタメとたくさん出会えますように。

 

RAISE THE FLAGの話/きみをドームで見た

先日初めて「推しグループの」ライブを「ドームクラスの会場で」見る機会があった。三代目 J SOUL BROTHERS FROM EXILE TRIBE、大文字表記になって初のドームツアー。

わたしが登坂広臣さんを認識して、三代目 J SOUL BROTHERSを認識して、EXILE TRIBEを、LDHを好きになった時、三代目はUNKNOWN METROPOLIZを開催している最中だった。東京ドームテンデイズを決行した国内最大規模のドームツアー。わたしはそれを日々更新される「史実」として知っているのみだった。だから今回が正真正銘自分にとって初めての推しインザドームになったのであった。

 アリーナBブロックという文字列には見覚えがあった。昨年彼が開催した初のソロアリーナツアーFULL MOONで一度当選した席にも、同じ名前がついていた。LDHを認識して、Zeppからアリーナまで彼を見に出向いたけれど、ドームのアリーナBブロックは、当然アリーナクラスの会場に於けるアリーナBブロックとはわけが違った。そのつもりで席に着いた。それくらい自分はわかっていると思っていた。

それだというのにわたしは、開始数曲で普通にびっくりしていた。

思ったより遠い。見えない。口の動きが読めない。センターステージに七人がいるので全員の姿は確認できない。衣装のメモなんて絶対できない。肉眼で通用する距離じゃない。

それ以上に驚いたのは、物理的な遠さがもたらす精神的な所謂「距離」に対してだった。

 

わたしが人生で初めてLDHのライブに行ったのは先述のFULL MOONツアーだった。HIROOMI TOSAKAの名を冠して、登坂広臣とバンドメンバーがアリーナを回る。それは登坂広臣個人の「やりたいこと」を可視化して実現するプロセスを見せるエンターテインメントであった。わたしは毎公演繰り返される台詞から彼の人生観を理解した。そのツアーでマイクを握るのは原則一人。MCの内容は彼自身がその場で生み出した言葉。

どこかで言っていた「テレビや雑誌を通すと三十パーセントしか伝わらない自分の主張が、ライブ会場ではほぼ百パーセントになる。だからライブをやって、みんなに会いに行く」という言い分は、しっかり通っていた。彼の口から出た言葉はそのままわたしの耳に届くのだから、曲げられようがなかった。一番純粋な、あるべき姿で受け取ることが出来た。それはとても恵まれた環境だったのだと気づくころには、ツアーの始まりから一年が経過していた。

わたしは常日頃からぼんやりと「これを聞いているのは世界で自分だけだ」という盲目的な錯覚を起こさせたら、それは「好きな音楽」だと捉えることにしている。FULL MOONはそんな、世界にひらけていながら心の真ん中を確実に突き刺す音楽を聞かせてくれていた。

あのツアーは、登坂広臣という一個人とわれわれ観客の精神的な「距離」がとても近かったように思う。もちろん国内トップクラスの動員数を誇るグループのメンバーだという意識はあるけれど、ごく自然にわたしは「ひとりの人間」としての登坂広臣さんとの対話をしているような気持ちになっていた。そういうコンセプトの元につくられたライブだった。善し悪しの判断はできないので別にして、ともかくわたしはそのFULL MOONというライブを始めに見てしまった人間だった。

雑な括り方をすると、ライブコンサートは「そういうもの」である、という認識が頭のどこかに残っていた。

 

だからドームで、七人の「やりたいこと」がダイレクトに届かないことに愕然とした。昨年ソロツアーで再三聞いていた「三代目のライブではなかなかこんなことできないから」という言葉の真意を、身をもって理解した。自分の主張を何万という観客に百パーセントたしかに伝えるなんてことは、端から不可能なんだ、となかば自棄になったような気持ちでいた。

 届かないというと言い方が悪い。ダイレクトに受け取れない自分の存在に困惑したと言う方が正しいかもしれない。アリーナとドームのどこで線を引いていたのかわからないけれど、五万人の中で「きみたちとわたし」という身勝手な解釈ができるほど、わたしは肝が太くなかった。そこにいたのは、「きみたちとその他五万人」の中に埋もれた「わたし」だった。どう頑張っても、これはわたしの歌だ、と勘違いできなかった。させてくれ、と願ってしまった。これはどう見たって三代目 J SOUL BROTHERSがひろい世間に向けて発表した楽曲だし、わたしはその世間でたまたま、それの一部を拾い上げて好きだと騒いでいるだけの一個人で、それは途方もなく虚しい行為なのではないか、とだいたい五曲目あたりで思った。

彼らはそれぞれ信念を持ってこの公演を行っているはずだけれど、わたしはそれを理解することができない。彼らの歌う「あなた」はわたしではないし、「私」も彼らではないのだ。どうしてこんな事実に、こんなところで気づいたのだろう。会場が広いから、センターステージだから遠く感じるのではなく、わたしと彼らはもうずっと前から、当たり前に遠かった。

それに、三代目 J SOUL BROTHERSは一人ではなかった。この七人だったから、今こうしてドームのステージに立っていて、全員が集まらないとできないことも沢山あった。でも彼らの語る将来の展望だとか、七人で見たい景色だとか、そういうものはそれぞれ個人の口から発された言葉だった。これもまた章々たる事実だけれど、彼らは一人一人、別個の人間だった。今まで異なる人生を歩んできた七人が、一ミリもたがわず同じ方向を見つめるなんて不可能なのだ。幸か不幸か、世界はそういうようになっているから。だから、彼らの「やりたいこと」は一つじゃないのだ。一つじゃないから、わかりやすく届くはずがない。わたしは三時間に満たない公演の中で七つの人間が発する「やりたいこと」を消費しようとしていた。それは流石にわかる。無茶だ。

 

結局、一人の(或いは七人の)主張を何万という観客に百パーセントたしかに伝えることなんてできないのだ。始めに抱いたそれは、べつに悲観的な感情ではなかった。現実のかたちだ。五万人を相手にするライブコンサートは、異様な空間、でいい。人間はそういうふうにできていない。一人か、せいぜい二人の相手にだって自分の主張を全部理解してもらうことはできない。少なくともわたしには。

登坂広臣はその公演で「僕たちとの距離を感じている人もいるかもしれない、いや実際離れてはいるけれど」という言葉選びをした。終盤それを聞いていくらか安堵した。だって、その通りだ。物理的にも、精神的にも、彼らとわたしの間にはたしかに「距離」が存在していて、それをへんに「心は繋がってる」とか言われたとて、捻くれたわたしはきっと何かべつのことを思った。その上で「つらいとき苦しいときに見上げたら僕らの存在があれば」などと言われたら、もうそうですね、と言うしかなかった。自分たちが「みんなが見上げた空にある存在」として認識している、それを表明する彼をまた好きになった。ちょうどいい距離で、でもその長さを把握することはないまま、その遠い所から何かを叫んでいようと思った。ごくたまに、それが届いたり届かなかったりすればいい。

 

でもその日一度だけ、あ、錯覚、と思った瞬間があった。どの曲だったは忘れたけれど、直己さんが乗ったトロッコが一番近くに来たとき。あの長い腕が空を切った。わたしの目を見て、わたしの腕を見て、それを掲げろと叫んでいた、気がした。あのときわたしは三代目 J SOUL BROTHERSを相手に「きみたちとわたし」になることができた。「きみとわたし」だったかもしれない。嬉しかった。もう少し経ったらそんな時間が増えるかもしれない。二日目が終わるとき、淡い期待が生まれていた。RAISE THE FLAGは、めちゃくちゃ楽しかった。

 

「さよならくちびる」の話

 去年の文化祭を一日サボって家のテレビで「ホットロード」を観てから、次に学校をサボったらまた映画を観ようと決めていた。といっても単位を落とそうという気はないので、結局、それは半年以上経った今日に敢行された。今日は二回目の体育祭だった。端的に言えば、エモいことがしたかった。

 

以下「さよならくちびる」本編のネタバレを含みます。

 

「二人とも本当に解散の決心は変わらないんだな?」
全国7都市を回るツアーへの出発の朝、車に乗り込んだデュオ〈ハルレオ〉のハル(門脇麦)とレオ(小松菜奈)に、ローディ兼マネージャーのシマ(成田凌)が確認する。うなずく二人にシマは、「最後のライブでハルレオは解散」と宣言するのだった。
2018年7月14日、解散ツアー初日から波乱は起きる。別行動をとったレオが、ライブに遅刻したのだ。険悪なムードの中、「今日が何の日かくらい憶えているよ」と、小さな封筒をハルに押し付けるレオ。しばらくして、何ごともなかったかのようにステージに現れるハルレオ。トレードマークのツナギ姿に、アコースティックギター。後ろでシマが、「たちまち嵐」を歌う二人をタンバリンでサポートする。
次の街へ向かう車の中、助手席でレオからもらった封筒を開けるハルを見て、「そうか、今日はハルの誕生日か」と呟くシマに、「違うよ。初めてレオに声をかけた日だよ」と答えるハル。二人が出会ったのは、バイト先のクリーニング工場。上司に叱られ、むくれていたレオを、ハルがいきなり「ねえ、音楽やらない?あたしと」と誘ったのだ。

 

その瞬間から、ずっと孤独だった二人の心が共鳴し始めた。ハルからギターを習って音楽を奏でる喜びを知るレオ。そんなレオを優しく見守るハル。レオの歌とギターは上達し、二人は路上で歌うようになった。
少しずつ人気が出始め、ライブツアーに出ることにしたハルレオは、ローディを探す。その時、「ハルさんの曲と詞のセンスが好きだから」と名乗りを上げたのが、元ホストのシマだった。売れたバンドが使っていたというツアー車を用意し、「俺らも行けるところまで突っ走る」と煽るシマに、ハルとレオも自分の夢を叫んで拳を振り上げた。
地方ライブの集客も増え、若い女性を中心にさらに人気が広がっていくハルレオ。だが、誰も予期しなかった恋心が芽生えたことをきっかけに、3人の関係は少しずつこじれていく。さらに、曲作りにかかわらないレオが、音楽をやる意味を見失っていった。各々が想いをぶつけ合い、名曲と名演奏が生まれていくが、溝は深まるばかり。ついに、この解散ツアーへと旅立つまで心が離れてしまった。
三重、大阪、新潟、山形、青森と、思い出の詰まったライブハウスを巡って行くハルレオ。もはやほとんど口もきかないが、ギターもコーラスもピタリと息が合い、その歌声は聴く者の心の奥深くへと届いていく。そしていよいよ3人は、北海道・函館で開くラストライブへと向かうのだが──。

イントロ&ストーリー|映画『さよならくちびる』公式サイト

 

解散を決意して始まったツアーなのに、いざ最終公演の函館から帰ってみると、家路につこうとシマの車から降りた二人は、何でもないような顔でまた荷物を積み込む。「解散するんだよな!?」「まあまあ、それも含めてご飯でも食べながらさ」「お前らの世話はもうごめんだぞ!?」みたいな会話で、本編は終わる。

ぬるいなあ、はっきりしないなあ、と言ってしまえばそれまでだ。きちんと音楽で生計を立てているわけでもない、実際家賃も滞納し続けているような二人がふらふらしながら大小さまざまな箱でライブツアーをやって、ユニット内恋愛がごちゃごちゃして、でもやっぱ解散したくないな~!という映画である。でも、わたしはこの作品から体温を感じて、音楽ってやっぱいいなと思って、めちゃくちゃ「エモい」気持ちになった。当初の予定通りだった(音楽映画って大体エモい作りじゃん)。

エモいエモいと言っておいてなんだけど、「泣けた」みたいな感想はあまり好きではない。でも事実として、わたしはこの映画を観ながら二回泣いた。

新潟でファンから「レオやめないで」「ハル大好き」「解散しないで」という悲鳴のような声があがったとき。それから、函館で一曲目から観客の歌声がハルレオのそれに重なったとき。

 

普段好きなアーティストを応援しているから、ファンの気持ちは痛いほどよく解った。彼女らは、あろうことかステージで発表をした、その場で解散しようとしていたのだ。そのときまで誰にも言わずに、こっそり去るつもりで演奏していたのだ。前述の新潟で「何でファンが知ってるの?」という会話をされてちょっとキレた。知らせてくれよ。本人にとっては自己満足でも、人前でパフォーマンスをしてしまった時点で彼女らは、誰かの人生を変える何かになり得るのだ。ハルレオの歌声に運命をひっくり返される人が、必ずいるのだ。

二人がこの先も路上で歌うなら進学先を変えようかなとか、そしたら通学時間が浮くからバイトを掛け持ちしてツアーを追っかけようかなとか、そのために友達の誘いを断るとか、それが原因でブロックされたとか、絶対に起こるのだ。歌う人の意向に関わらず、世間に発信したからには、そういうことが付いて回る。だから解散するなというのはファンのエゴだし、そんな人はファンじゃないとSNSで叩かれるかもしれない。でも、ファンだから、どこまでも期待してしまう。救いを求めてしまう。アーティストは人助けの仕事じゃないけど、人が勝手に救われてしまう仕事なのだ。それを平気で裏切ろうとした(この言葉も本来相応しくないけど)二人は、本当に二人のためだけに音楽をやっていたのだろう。そしてそんなところが、ファンは好きなんだろう。だから解散されると悲しいのだ。無限ループ。

そんなことを考えてしまって、だから観客の歌声にわたしは感情をぐちゃぐちゃにされた。「今日ステージを去ろうとしているアーティスト」に手向ける歌。一番美しくて、一番悲しい歌だ。なのに、みんなは笑っていた。最高の笑顔で二人を送り出そうとしていた。いや、そんなことすら思っていなかったのかもしれない。唯、目の前のハルレオの音楽が好きで、だから歌う。音楽を「楽しい」と思うことに、特別な理由は要らない、のかもしれない。

 

シマの「仲間」が彼の子どもに言った。

大きくなっても音楽だけはやるんじゃねえぞ。音楽をやると、一番大事な物を失う。

シマは否定したけれど、その通りだと思う。知らなくてもいい挫折があって、味わう必要のない絶望があって、お金は貯まらなくて、変な男にばかり引っ掛かって、ユニットを組んだ女に惚れて、そんな日々をだらだらと続けてしまう。

それでも、わたしは、この映画を観て、音楽をやりたいと思った。こういうことがしたいと思ってしまった。初心者向けのギターって幾らくらいなのかな、と思った。そういう映画だった。その不毛な日常が愛おしく、どうしようもなく魅力的だった。ハルとレオとシマが、何より楽しそうに音楽をやっていたからだ。

いまもこの記事を書きながら、わたしはハルレオの音楽を聴いている。

 

天堂光輝の話

劇場版PRINCE OF LEGENDを観た。

ドラマは全話視聴、ソシャゲはゆるゆる。推し王子は天堂光輝。以下ネタバレを含みます。

 

 

私が迷った挙句ソシャゲの推し王子(初回星2確定)を選んだのは、ドラマ中で彼が一番真っ当な恋愛をしようとしているように見えたからだった。

成瀬果音に言い寄る王子たちは、皆自分の利益を優先し、果音の気持ちを理解しようともせずに身勝手な感情を向けているだけだった。全員まとめて、妄想押しつけ系。

果音が迷惑そうにしていた理由は劇場版で「二年前からずっと奏を想っていたから」と明かされたが、ドラマを視聴している当時はそれ以上でもそれ以下でもない印象だった。

でも天堂光輝は違った。

写真を握りしめ、涙を流す果音の姿を見て恋をし、「俺が好きなのは果音さんです」と彼女の目を見て言い切った。彼女をダシにして誰かを出し抜きたいわけでもなく、彼女を勝ち取って家を守りたいわけでもなく、光輝は純粋に、成瀬果音という一人の人間に恋をしていた。そこに打算はなかった。

今にも壊れそうな彼女を守りたい。でも自分では力不足だ、だから努力して彼女を守れる男になって、そしていつか思いの丈を告白したい。

私はそれを、美しい恋だと思った。

どうして彼が報われないのだろう、とも思った。二年も彼女を想っていて、同じ学校に入学して、やっと勇気を振り絞ったのに。迷惑です、なんて他の王子と同じように切って捨てられる云われはないのに、なぜ彼も「妄想押しつけ系」と言われてしまうのだろう。あんなに努力したのに。こんなに好きなのに。

 

その答えはすぐに出た。

結局光輝も、果音の気持ちなんて考えてはいなかったのだ。

彼女は光輝のことなんて知らない。まさか奏の写真を捨てられずに泣いていたあの時、見ていた人間がいたなんて思いもしなかったし、なにより彼女は連日王子たちに、やれプリンセスになってくれだのやれ結婚してくれだのと追い回されているところだったのだ。

光輝が知らなかったはずはない。彼があの時果音に告白したのは、「レベルの高い王子たちが彼女に言い寄っている」「このままだと取られてしまう」という焦りからだったのだから。知っていて、知っていたから、初めて果音に声をかけた。

そんなものは光輝の傲慢でしかない。あの人たちよりも早く彼女を手に入れなければ、という焦り。それは結局他の王子と同じく、果音をトロフィー扱いしていることに他ならない。

学校とバイトで毎日へとへとなのに、誰かがどこかで自分を争いのダシにしている状況、気が狂いそうだと私は思う。もう誰に何を言われても「あなたの理想を押し付けないでください」と返したくなる。彼女が逃げなかったのは母親の「只より高い物はない、貧乏でも施しは受けない」という教えを守り抜こうとしていたからで、それはそれでかなり歪な覚悟だったが、また別の話だ。

そんな気が狂いそうな状況で「他の奴に先を越される」と想いを伝えた光輝は自分の都合しか頭になかった。彼女がそれを聞いてどう思うか、彼女が今してほしいことは何なのか。そんなことは一度も考えたことがなかったのではないだろうか。

そもそも、光輝の「果音さんを守りたい」という動機も限りなく一方的で身勝手な感情だと思う。目の前にいる弱いものを守りたいと思うのは、人として自然なことだろうか。対象が見ず知らずの女性であってもそう言えるだろうか。見ず知らずの女性を追いかけて同じ高校に入学するのは、果たして微笑ましいことだろうか。その想いを突然打ち明けられても、「守ってほしいなんて頼んでない」というのが自然な反応ではないか。

もっと言えば普通に気持ち悪いのでは、と思った。果音は天堂光輝という人間をその日初めて認識したのだから。

恋とはもともとそういう、気持ち悪いものだと言われれば、それまでの話だ。恋は誰かに一方的に向けるいろいろな人を傷つける感情であって、それに対して誰一人傷つけない恋を人は愛と呼ぶわけで。

でも果音がニュートラルな状態でないことをわかった上で告白をしに行った光輝の行動は、フェアであったとは言いがたい。自分より年上の、光輝からしてみればポッと出の「レベルの高い」王子たちに負けまいと必死だったのだろう。だがその「負けたくない」という気持ちが既に、果音の気持ちではなく光輝自身の利益しか見ていないことに彼は気づけなかった。だから光輝の恋はうまくいかなくて正解だったのだ。他の王子の存在抜きに、果音と光輝の一対一の関係だったら(そこに奏もいなかったら)どうなっていたかわからない。まあべつにいいよなんて言われたら、彼は自分がどんな姿勢で恋をしていたのか理解しないままだったかもしれない。失恋を経て理解したのかどうかは知らないけれど。

 

劇場版で、果音の見ていた写真が奏の写っているものであったと判明した。

光輝は「奏の写真を見て涙を流す果音」に、恋をしてしまったのだ。もとより彼の入る余地はなかったし、尊人にも葵にもチャンスなんてものは存在しなかった。それこそアンフェアな、言ってしまえば出来レースだった。

だが尊人とも葵とも、光輝は少し事情が違った。果音が奏に恋をしていなければ、光輝が果音を想うこともなかったのだ。果音が奏のことを早々に諦めていれば、或いは何かが噛み合って、もっと早くに二人が結ばれていれば。光輝は成瀬果音という人間を知ることもなく、別のSっ気のある年上の女性を好きになっていたかもしれない。ないしは、初恋はまだ、などとはにかむ男子高校生になっていたかもしれない(果音が初恋かどうかは知らないが)。

主に劇場版PRINCE OF LEGENDにおいて、彼はとても不憫であった。一世一代の告白を「迷惑です」とあっさり振られ、自分が恋をした人は、別の男に恋をしていたとあとから知らされる。いや、知らされたのかどうかの描写もない。高校二年生、可哀想な恋だった。

 

だから、というかだけど、というか、私は天堂光輝という一人のシャイな少年をどうしても嫌いになれない。ソシャゲのストーリーで、幾話にも渡ってかなり壮大なアンジャッシュを繰り広げた彼を、どうにも愛おしく思ってしまう。

彼はいつか成瀬果音のことを忘れ、これからもたくさん恋をして生きていくのだろう。どうかその一つ一つが、彼にとって良いものであるように願う。EDの赤髪の彼の正体が判明する日を楽しみに待ちたい。